―流星の追憶― 

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鷺お題でSSその三「雨に濡れた月」

 
鷺お題小話第三だーん。
今日は、ネウの話です。でも夢を見ているのはクレスというなんとも妙なお話。

(クレスは時々夢にネウの記憶を見ます。ちなみにそれはネウも一緒。
 いつも、必ず、という訳ではなく、気まぐれなランダムな感じなのですが。
 目が覚めた後一瞬自分が誰なのか分からなくなるのでクレス的にはちょっと勘弁してほしいらしい)
 

ネウがまだ目覚めたばかりの、14歳の姿だった頃の話。
この頃はまだ、クレスの存在も知りませんでした。




それでは、追記からどうぞ。


「こんな夢を――」



■星詩家■
雨に濡れた月



 真っ白な世界。
 それが僕の世界の全てだと、欠片ほどの疑問も持つことなく、ずっとずっと歌をうたい続けていた。
 同じ歌を、飽きることなく、何度も何度も繰り返すうちに、いつの間にか、指先が知らない曲を奏でるようになり、口は知らない物語を紡ぐようになっていた。
 泉のように何処かから湧き出すその歌に、夢中になった。
 それまで、微かに胸に感じていた痛みのような何かのことなんて、思い出す暇もないほどに。

 僕に歌を、もっともっと新しい歌を、

 聴かせて欲しいと願えば願うほど、指先と唇は、新しい歌を聴かせてくれた。
 心躍る冒険の物語、悲しい恋の物語、憎しみに満ちた狂気の物語、幸せと不幸を全て抱きとめて、それは、見知らぬ登場人物たちの人生を、ひとときとはいえ一緒に歩むこと。
 ひとときとはいえ、生きること。
 歌の前には、白い世界には何の力もなく、空にも、海にも、野原にでも、その姿を幾様にも変えた。見たことも聞いたこともないはずの、全てを、歌声は描き出した。


(セイレーンが歌声で人間を海に引き擦り込む時)
(彼は溺れ死ぬのではない、歌の世界へ行ってしまうのだ)


 いつまでもいつまでも、呼吸を許された魚のように、歌をうたい続け、
 自分が誰なのかなんて、思い出しもしなくなった頃、
 自分は何なのかなんて、考えもしなくなった頃、唐突に白い世界は終わりを告げた。



 全ての夢がそうであるように、目覚めはあまりにも唐突だった。
 本当に、ついさっきまで、真っ白な世界の中で、歌をうたっていたはずだったのに、瞬きをしたとたん、視界に飛び込んできたのは満天の星空だった。
 信じられなくて、何度も何度も瞬きを繰り返し、痛いくらい瞼を擦っても、星空はどこまでも実在していた。
 此処は何処だと、
 問いかけるまでもなく、知っていた。分かっていた。
 歌をうたう中で、忘れていた、自分がそもそも何なのかということを、思い出しても、何の感情も沸いてこなかった。
 擦りすぎた瞳から、雫が落ちたことにも、気がつかないほどに。


「……月がない」


 一言だけ、ぽつりと呟いた言葉が、どこまでも穏やかな風にかき消されて消えた。

 風の音、湖の漣、虫の声、草の葉擦れ、無音とは程遠い世界を、よろよろと歩き出す。
 その拍子に、抱きかかえたリュートが、ぽろん、と鳴った。
 立ち止まる。
 世界はどこまでも穏やかで、まるで時間が止まったように、草原には誰もいなかった。
 恐る恐る、指先を弦に添え、耳を澄まし、
 歌いだす。

 誰かにこの声を聞いてもらいたいなんて、
 誰かに会いたいなんて、
 そもそも自分は一人きりだということさえも、思いつきもしなかった。








 ――全ての夢がそうであるように、目覚めはあまりにも唐突だった。
 少し膨らんだ半月の浮かぶ星空が、じんわり滲んで、冷たい雫が耳たぶを掠めて落ちていく。
 しばらくぼんやりと瞬きを繰り返してから、のろのろとクレスは身体を起こした。
 もう、何度めかになるこの夢は、夢だけど、夢じゃない。
 もう一人の自分の記憶だ。
 歌い続けていたのは、自分ではなく、

「…もう、分かったってば、ネウ」


 君が、「向こう側」へ行ってしまったことくらい。


 ぽろぽろと、歌にもならない旋律を奏でる。
 ミラを抱きしめるようにしながら、クレスは星空に浮かぶ月を見上げた。風に流された千切れ雲が、一瞬、月の光を隠して、また何処かへ流れ去っていく。
 どんなに手を伸ばしたって、雨の雫が雲上の月に届くはずもなかった。



(それでも涙に滲んだ星月は
 触れればきっと濡れている)
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