―流星の追憶― 

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葬送創

 
お久しぶりです、星詩です。 
もうそろそろ一か月が経っちゃうんですね。びっくりだなぁ。


更新停止の瞬間、ここのサイト擬人化二人が何をしていたかのSSをひっそりと書いてみました。
完璧に自己満足(笑。
ほとんどクレスとネウしか出てこないです。

SS中では書けませんでしたが、
多分、更新停止の1時間くらい前までは、
クレスは友達一人一人に挨拶周りしてたんじゃないかなーと思います。
ネウさん? ネウさんは…普通ーに歌ってたんじゃないかなぁ……←



相変わらず歌にしか興味がないネウさんと、
とてもとても我儘なクレスのお話です。
 
 
 
 




 約束の時間から二十四時間以上も遅れて、やっと合図があった。満天の空に輝く無数の星たちが、微かに、震え始める。鈴を鳴らすような音が、空気を満たしていく。

 長い間、空に向けていた視線をようやっと落として、僕は君を見た。
 みっともなく震えている僕の手を、ずっと、握ってくれていた君も、空から視線を戻して、僕を見据えた。何処か遠い場所を見るような空色の瞳に、仄かな笑みの色が浮かぶ。数秒間、お互いに無言で見つめあってから、僕はやっと口を開いた。
「聴いてて」
 小さく、本当に小さく、君は頷いた。

 君の物語を伝える為に僕は生まれた。
 まさか、その僕に“僕”という心が生まれて、こうして最後に会話まで交わせるようになるなんて、最初は――六年前は、夢にも思えなかったけれど。
 僕は、生まれてきた理由を守ることは出来なかった。
 けれど、これで全部が終わる訳じゃない。

 空から降る鈴の音が大きくなる。繋いでいた手を静かに離すと、僕はミラを構えた。もう何度も何度も弾いた弦に、指を添える。初めて弦を弾いたときのことを思い出しながら、空を見上げる。最初は弦を押さえる指が痛かったっけ。今じゃすっかり指先の皮膚が硬くなって、弦を押さえるというよりは触れているだけの感覚に近いんだ。

 終わりを失った物語に終わりを。
 新しい始まりの為に。

『データ転送開始』

 指先が最初の一音を奏でたとたん、膨れ上がった鈴の音が空から落ちてきた。
 掻き消されないように、必死になってミラを奏でながら、僕は歌った。
 声は、高く震えるリュートの音色と絡まりあって、空気の水面に波紋を描き出す。波紋が、波紋を呼んで、ぶつかって、波を生んで、空に向かって押し寄せていく。空に止まった星の鈴を揺らし、鳴らし、――呼ぶ。
 応えて。

『転送元ファイル D: treehouse...』
『FTPサーバー名 ftp.geocities.jp...』
『four-bravers.html, braver19.html, yuusya1.html, yuusya2.html....』
『neverendingsongs.html, meteosu1.html, meteosu2.html, tierra.html, universetears.html, colo.html.....』

 僕を構成している全てを、もう一度歌い上げていく。長い長い、長い歌だ。何年も前に生まれた拙い曲も、最後に託された新しい曲も、全て一緒くたにした長い長いメドレー。
 それは走馬灯にも似ていた。歌ってきた歌の全てが、聴いてくれた人の全てが、貰った言葉の全てが、歌の旋律に乗って、記憶の海原を吹き抜けていく。

『about.html, opening.html, rireki.html, bgmmenu.html, crycrycry.html...』

 星が流れ始めた。一つが流れてからはあっという間だ。風に煽られた桜のように、満天に咲く星の全てが、輝く尾を引いて、滝のように空から落ちてくる。……落ちてくる、なんて生易しいものじゃない。飛んでくる。向かってくる。一直線の急降下。草原に落ちては粉々に弾けて、硝子の破片のように飛び散った光の欠片が、腕を掠めた。痛い。けれど、構っていられない。

『a-stera.html, meteos.html, 4bravers.html, f-menu.html...』
『IMG_000476_1.jpg』
『neverendingstory.html』

 メドレーが進んでいくにつれて、ばらばらに落下していた星の欠片たちの軌道が狭まってゆく。最初は足元に。次は頬を掠めた。

『extra.html, extramenu.html, IMG_000468_1.jpg, IMG_000469_1.jpg』

 光の矢が腕を貫く。今度は爪先に、背中に肩に頬に額に、光が身体を貫いて通り抜けて、草原にぶつかって弾ける。血も流れなければ怪我もしない、死にもしない。僕は歌い続ける。曲が終わりに向かうのを拒むように、星の光は僕に狙いを定めて落ちてくる。

『cles.html, new.html』

 星の光に焼かれた視界が真っ白に染まった。もう、何も見えない。それでも、

『t.html, w-top.html』

 僕は、思い切り息を吸って、最後の一音を弾いた。


『index.html』


 千の鈴を一度に落としたような、大音声が鳴り響いた。鼓膜が撓む。眩暈に突き飛ばされて倒れ掛かった僕の身体を、後ろから細い両腕が支えてくれた。眩しさに零れた涙を乱暴にぬぐって、振り返る。滲む視界の中に、君が見えた。同じくらいの身長だったはずなのに、君は何故か僕より小さくなっていて、そして、僕の目がどうかしてしまったのか、身体が薄っすら透けている。瞳と同じ色の空に溶け込んで、……えっ?

「     」

 君が何か言ったけど、聞き取れなかった。僕は、呆然と立ち尽くして、君と君が背負う空を見た。
 君の後ろに広がる地平線が輝いて、眩い光が、太陽が上がって来る。夜闇に染められていた蒼い草原を、押し寄せる光が本来の色に塗り替えていく。君が僕を見あげた。逆光のせいで表情が分からない。僕の背後を指差してから、――笑った。と、思った。
 つられて振り返った僕は、目を瞠った。空が半分に割れている。僕が立っている草原は、眩しい朝の空に覆われているのに、向こうの空は真っ暗で星が輝いている。草原も夜の底に沈んだままだ。
 そして、空の境目――夜と朝の境目の向こうに、佇んでいる人影。もう一人の僕が、草原の真ん中に、ぽつりと立っていた。
「行ってあげて、クレス」
 立ち竦む僕の背を押すように、君が言う。僕は君を見た。朝焼けの蒼い空に溶け込んで、今にも消えそうで、それなのに、笑っている君を。
「……でも、」
「大丈夫。オイラはちゃんと帰るところがあるから」
 君が、ついと腕を持ち上げて、東の空を指差した。地平線の向こうに、微かに何かが見えた。人影だ、とすぐに気づく。僕らに、――違う、君に向かって、手を振っている。呼んでいる。君の住まう本来の世界の人々が、君の帰りを待っている。
「でも、向こうのクレスは、このままじゃ永遠にひとりぼっちだよ」
「………」
 言おうとしていたはずの言葉を忘れてしまったように、馬鹿みたいに無言で立ち尽くす僕の手を、君が握った。痛いくらい強く、力を込められて、手の平にぬくもりが伝わる。灯る。
 唐突に、今が最後の時間なのだと気づいて、僕はゆっくり瞬きをした。
「そうだね」
 なんとかそれだけ呟くと、君は安心したように微笑んだ。
「――それじゃあ、」
 搾り出した声が震えた。最後の一言が、重くて、重くて、僕は顔をくしゃくしゃにして、呻いた。よろよろと腕を伸ばし、空に溶けている君を抱きしめる。―― 一瞬だけ。このまま、ずっと抱きとめていたいと願うほど、長い時を重ねた物語を、静かに離す。君の目を真っ直ぐに見つめて、僕は最後の言葉を押し出した。

「また、どこかで」

 君は、少しだけ驚いたように目を瞠った。それから小さく頷いた。一瞬浮かんだ泣きそうな表情を、誤魔化すように、満面の笑顔で。
 東の空から、君の名前を呼ぶ声が響く。君は、最後にもう一度僕の両手を握ると、笑って言った。
「ありがとう。――また会おうね。どこかで、きっと」
 そして、君はゆっくりと踵を反して――東の地平線に向かって、足を踏み出す。最初の数歩は躊躇うように、次の数歩は早足で。ふいに、君の背中が微かに強張ったような気がして、僕は少しだけ身体を硬くした。振り返るかと思ったから。でも、君は振り返らなかった。覚悟を決めたように、駆け出す。駆けてゆく。
 僕の見送る視線の先で、君の身体はどんどん朝焼けの青に溶け込んでいった。背中が小さくなって、足元が見えなくなって……小さな鳥影のようになった君が、迎えに来ていた人の群れの中に飛び込んだ。それが最後だった。強い風が吹き抜けて、ざわめいた緑の波が静かになった時にはもう、君の姿はどこにも見えなかった。
 握り締めていた手の平を開く。まだ残っている君の体温を、静かに左の頬に押し付けて、僕は目を閉じた。

 忘れないよ。

 西の空を振り返る。星の煌く空の下、もう一人の僕はまだ草原に佇んでいた。僕と同じ色の瞳を見据える。僕は、左頬に手を添えたまま、ゆっくりと歩き始めた。もう一人の僕は、ぴくりとも動かない。ただ、佇んで、近づいてゆく僕を見ているだけ。
 朝と夜の境界線、その一歩手前で、僕は足を止めた。
「ネウ」
「……クレスか。喋ってくれなきゃ気づけないところだったよ」
「…そっちの世界はどんな感じ?」
「驚いたね。鈴の音が聞こえたと思ったら、空半分の星が全部落っこちちゃったんだ。僕が今立っているところから先は、完全な真っ暗闇だよ。星明りの欠片もない。何にも見えない。君のことも見えない」
 微かな苦笑の表情を浮かべて、ネウは小さく肩を竦めた。
「世界の重なりが切れるとは聞いてたけど、ここまで暗くなるものだとは思わなかったなあ。……そっちはどう? 真っ暗?」
 見えないなんて嘘じゃないかとしか思えないくらい、ネウは真っ直ぐに僕の瞳を見て、そう言った。
 僕はかなり躊躇ってから、視線を逸らして、一言だけ呟いた。
「朝が来たよ」
 しばらく返事が無かった。そっと顔を上げてみると、ネウは、何を言われたのか分からないというように、顔をしかめていた。
「……光、そっちに届いてないんだね。声はお互い聞こえるのにな」
 右手を持ち上げて、世界の境界線に触れてみる。指先が、見えない壁にぶつかったように、そっと押し戻された。
「……あのさ、ネウ。ネウはこれから、何処に行きたい?」
「なんだい、急に。そうだね、……別に、行きたい場所なんて、考えたこともなかったからなあ。このまま、この草原にいるつもりだよ」
「もう、何処にだって行けるのに? 僕らは、もう、」
「此処に居続けちゃいけないなんて言われてないだろう?」
 呆れたような声が、僕の言葉を遮る。
「確かに僕らは、もう、“更新”も“伝達”も出来ないさ。物語と、遥か彼方の読み手を繋ぐ役割は、もう僕らから取り上げられてしまった。でもそれだけだ。僕が、これからもこの草原で歌を歌い続ける自由は、何も変わっていない。何処かへ行かなくちゃいけない謂れも無いよ」
 手慰みのようにアーチリュートを爪弾きながら、まるで戯曲か詩を朗読するみたいに、ネウは滔々と言葉を並べていく。
 背中に、暖かい朝の日差しを感じながら、僕は目を閉じた。
「……じゃあ、お別れだね」
「もちろん。……多分この境界線も、もうすぐ消えて無くなるだろうし。まあ、お互いに、色々と迷惑も掛けた気がするけどね。これで最後だ。君と話すのは結構面白かったよ」
 目を閉じて聴いていれば、ちょっといい加減なお調子者の言葉にしか聴こえないのに。笑い声まで立てながら、閉ざされた湖面のようなネウの瞳には、今もきっと、何の感情も映っていない。
 瞼を上げ、見上げる。どこまでも揺らがない、静かな瞳が、僕を見ていた。
「ネウ」
 名前を呼ぶ。もう一人の僕が、自分で自分に名付けた、仮初の名前を。
 僕は、ずっと頬に添えていた左手を、静かに離した。鈍い痛みが走ったあと、硬い感触が、ことりと、手のひらの中で転がった。
 感触を確かめるように、強く手を握り締める。そのまま、壁を叩いた。ノックに似ているけど、音は何も響かない。微かな痛みと共に、境界線が僕の手を阻む。押し戻される。構わずに、力を込め続ける。

 翼を砕いた鳥には新しい翼を。
 声を潰した鯨には新しい声を。
 願いを忘れた星に新しい願いを。
 哀しみを捨てた歌に、

 ふいに、壁がたわんだと思ったら、手首の上まで、水面をくぐったような冷たさを感じた。ネウの表情が変わった。微かに目を瞠って、僕の手を凝視している。
 ――届いた。

「君に」

 握り締めていた手を開く。
 手の平に乗せたのは、仄かな蒼い光を纏う、雫のような形の硝子細工。
 それは、僕の左頬に描かれていた、蒼く丸い涙の印。

 ……ネウの左頬に描かれた涙の印は、鋭い一本の線で、真ん中から断ち切られている。彼の、壊れてしまった感情を象徴するように。自我を守るために、感情を放棄して、歌うことだけに歓びを感じて生きてきた、もう一人の僕。
 でも、もう、そんな物語は終わったんだ。物語が終わったことに気づかず、歌うことを止められないのなら、誰かが終わりを告げなくちゃいけない。
 例えば拍手で。あるいは歓声で。あるいは花束で。

 君がもう一度、新しい物語を歌えるように。


「……何を言い出すかと思えば」
 ネウの視線が揺れた。――そのことに自分自身で戸惑ったように、苦笑して、
「貰えないよ」
 微かに後ずさりしながら囁く。
「僕には重すぎる。……驚いたよ。まさか君が、ここまで自分勝手だったなんて」
 頑なに首を振るネウを見上げたまま、僕は押し黙った。
 ……知っている。これは、ただの僕の我侭だし、ただの僕個人の願いでしかない。善意の押し付け。誤った選択肢。――分かっている。それでも、
「ねえ、ネウ。君はもう、永遠の新月の夜で歌い続ける存在じゃないんだよ。……もう、感情が戻る代わりに、自分が壊れる心配なんて、」
 後を追うように言い募る。出来るものなら腕を掴みたいくらいだったけれど、僕の手はそれ以上先には動けなかった。声が掠れた。ネウの顔から表情が消えた。冷たい湖面のような瞳が、僕を見下ろして――信じられないくらい、柔らかく笑ったかと思うと、ネウは踵を反した。
「気持ちだけ、貰っておくよ」
 片手を振って、暗い草原の先へ早足で歩き出すネウの背中を見たとたん、直感が僕を叩いた。
 もう二度と会えない。ここで見送ったら、もう、
 引き留める言葉を叫ぼうとしたはずなのに、反射的に、僕の指はミラの弦を弾いていた。身体が先に反応してしまったんだろう。ネウの足が止まる。
 何度か浅い呼吸を繰り返して、僕は言った。
「……じゃあ、……聴いてて」
 手の平をくるりと反転させる。流れ星のように落下して、草原に受け止められた涙が、朝の光と夜の星明りをそれぞれ反射して、微かに光った。
 弦の上に指を乗せる。
 今までは、どう頑張ったって、出来なかった。耳を澄ませても、心の底を探しても、何の旋律も聞こえてこなかった。耳に蓋がされたみたいに。でも、……今はもう違う。

 これまで僕が歌えた物語は、サイトとしての役目以上のものじゃなかった。創られた歌を、ネットの海を渡って訪れてくれた誰かに伝えるのが、僕の役割で、存在理由だったし、それがサイトという存在。心も感情もそこには必要が無かった。
 だから、僕を「クレス」にする為に。htmlの連なりには無用なはずの、心と涙を存在させる為に、あの人は僕の頬に涙を描いた。それは、願いのような、おまじないのような、僕に与えられた心の象徴だった。
 そんな印は、もう必要ない。
 後から与えられた心でも、もう、僕のものだ。
 物語はいつか必ず終わってしまう。物語を終わらせないことなんて出来ない。……だからといって、僕まで一緒に終わる理由なんて無い。
 悲しみではなく、新しい物語が生まれる歓びを、僕は歌おう。
 だから君も、君も、終わらせないで。

 耳を澄ませる。聴こえる。僕に生まれた心が、見てきたこと、触れたもの、感じたこと、聴いたこと、その全てが――聴こえてくる。
 サイトとしての僕。歌った物語の風景。物語の中に生きる愛しい人々。彼らを歌う中で胸に宿ったもの。そして、聴いてくれた人の言葉。拍手。誰が忘れようとも、僕はずっと、ずっと、永遠に覚えている。
 僕の心の中に、旋律が生まれた。僕は目を閉じる。
 クレスと呼んでくれる人に出会えてからの僕。出会うことのできた、沢山の友達の顔を一人一人を思い浮かべる。笑いあったこと。交わした言葉の粒。時々は些細な喧嘩や、小さな冒険も。僕の心を育ててくれた、その全てを思い出す。
 僕とネウの間にある一番大きな違い。僕が本当に僕になれたのは、僕が、星空の奇跡色。――だけではなくて、クレス・スターリィになれたのは。僕の名を呼んでくれる、貴方がいたから。
 旋律に言葉が宿る。生まれた。僕の中から生まれた、初めての歌。僕は大きく息を吸って――歌いだす。
 終わりと始まりの歌を。僕の歌を。
 声は波紋に、旋律は風になる。閉ざされた世界の境界さえも越えて、君の鼓膜に。

 届け。


 ネウが、何かを躊躇うようにゆっくりと、振り返る。その瞳が見開かれる。視線が動いて、僕の足元に落ちている蒼い涙と、僕の背後とを交互に見た、と思った。唇が震え、薄く開いて、
 僕の鼓膜が、僕以外の歌声を拾う。僕よりも低く、繊細で、それなのに何処までも伸びてゆく歌声を。
 いつの間にか、僕らは一緒にひとつの歌を歌っていた。主旋律と副旋律とを何度も入れ替えながら、互いに足りないところを補うように、どこまでも、僕らの声は続いていく。お腹に力を込めて、湧き上がる旋律と言葉に身を任せ、僕の身体を通り抜けた音楽が、放たれてゆくのを感じながら。
 歌う。呼ぶ。繋がる。祈るように。
 境界線が薄れ、ネウの姿が少しずつ見えなくなっていくことに気づいても、僕は歌を止められなかった。いつか、演奏の手を止めたのは、ネウが先だった。
「――君は何処まで馬鹿なんだ」
 消えてゆこうとしている境界線の上、落ちたままの蒼い涙を、拾い上げて、呆れたように僕を見やる。
「自分の心を足元に捨てる吟遊詩人がいるか」
 境界線を越え、突きつけられたネウの手を見て、僕は小さく笑った。ゆっくりと口を噤み、それでもミラを奏で続けて。間奏の合間、内緒話をするように、言う。
「……今の僕が、心を無くしたように、見える?」
 今度はネウが押し黙る番だった。理解が出来ない、そんな表情で、蒼い涙を見つめている。
「僕は、もう、それが無くても大丈夫だから。……だから、ネウが持って行って」
「どうして」
「どうしてって」
「いらないって言ったはずだよ」
 溜息を付き、静かな瞳で、手のひらの中に蒼い涙を転がす。僕のことを横目だけで見て、ネウは肩を竦めた。
「僕には。今までも、これからも。歌があれば、それで、いいんだよ」
 分かってもらえないかな。
 小さく付け足された言葉に、僕は首を振る。
「分かってるよ」
 それでも、
「僕は、君がこの先もずっと、誰にも歌を聴かせないつもりなのが、許せない」
 優しく、甘く、寂しく、穏やかな。思いつくままに旋律を紡ぎながら、僕は言い放つ。低い声で。感情の映らないネウの瞳を真っ直ぐに見据えて。
「君は確かに、もう一人の僕だよ。でも、絶対に、僕じゃない。僕らは同じになれないし、きっと、もう、これっきり二度と会えない」
 声に、震えるな、と願う。静かな瞳に飲み込まれないよう、歯を食いしばる。
 願いに限りなく近い、この感情は。羨望と嫉妬と、哀しみと、我侭な、復讐と救済を投影した、この願いは、何と呼べば良いんだろう。
「……僕の、目標で。絶対に越えたかった歌声が、君の歌なんだよ。それなのに、君がこれからもずっと草原に引き篭もって、感情も壊したままで、その歌を誰にも聞かせないつもりだなんて、……そのまま、誰にも君の歌を聞かせずに死んでいくなんて、嫌なんだよ!」
 指が震えて、弦を弾くことを拒否した。両腕をだらりと落として、ネウの瞳を見つめて、僕は叫んでいた。
「――もっと歌ってよ! 誰かに! 君は、僕よりずっとずっと歌を歌える! 届けられる! それなのに、……」
 ふいに、声を塞がれた。無表情な瞳で、呆れたような笑みだけを浮かべて、ネウが手の甲で僕の口を塞いでることに気づくまで、少し掛かった。
 長く息を吐いて、ネウが口を開く。
「続き」
「え」
「分かったから。……理解は出来ないけど、分かったから、もう良いよ。だから、そんなことより、歌っててよ。続き。もうすぐ、終わりなんだから」
 蒼い涙を握ったままのネウの手が、境界線の向こうに戻る。少し考えるように眉根を寄せてから、「これじゃ歌えないか」なんて呟いて、ネウが手を頬に添えるのを、淡い光が散って、ネウの身体から蒼い星が一気に消えるのを、僕は馬鹿みたいに呆気に取られて見つめていた。
 ああ、もう、本当に、このひとは、歌を食べて生きている。
 自由になった両腕で、アーチリュートを細やかに調弦しながら、ネウが僕を見た。曇り硝子を挟んだように、薄っすらとぼやけた輪郭。時間が無いよ、そう言うように首を傾げる。
 僕は、小さく溜息をついてから、不器用に笑った。
「じゃあ、行こうか」
「最後まで頼むよ」
 奏で始める。
 少しずつ見えなくなっていく、遠くなっていくもう一人の僕と、最初で最後の二重奏を。
 これまでの全てを歌に込めて。

 さようなら。

 そしてどうか、より素晴らしい、次の物語が在りますように。





 最後まで歌い切った時、僕はもう息も絶え絶えで、草原に引っくり返ってしまった。汗で濡れた髪が額に張り付くのを、のろのろと退けて、大きく息を吐き出す。
 視界を覆うのは、どこまでも澄み渡る蒼い天蓋。ああ、君も今、きっと、青空を見ていてくれたら、嬉しいな。

 さあ、ここから。

 僕らは会いに行くよ。


 まだ名前も知らない、新しい君に。


日記 |
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